「会計の世界史」を読み終えて

一気に読み終えた「会計の世界史」

会計の歴史というとてもマイナーな分野をこれほどまでに面白く書かれた本が今までにあったでしょうか?所用で実家に帰る新幹線の中でこの「会計の世界史」を一気に読み終えてしまいました。本書は3部構成になっており、第1部では15世紀から17世紀のヨーロッパを中心とした記録としての簿記の必要性が述べられ、第2部では19世紀から20世紀のヨーロッパやアメリカを背景とした財務会計の変遷が述べられ、最後の第3部ではアメリカを背景とした管理会計や企業価値評価について述べられています。最後まで読み終えた頃には、会計の歴史的な流れを理解できるような構成になっています。会計の歴史についての本は今までにも会計学者(大学の教授)が読者になんとか興味を持たせようと工夫しながら書かれたものも出版されています。しかし、本書は、著書の田中靖浩氏が前書きで以下のように書かれているとおり、会計の歴史をそれぞれの偉人たち(?)のエピソードを交えて話が展開されているため、興味が途絶えることなく読み進めることができるのです。まさしく会計の歴史の勉強というよりもエンタテインメントとして楽しむことができるのです。

本書に細かい数字や計算はいっさい登場しません。会計を学ぶというよりは、エンタテインメントとして、この旅をお楽しみください。

歴史を振り返る意味

本書は、会計の歴史を学習するというよりも会計の歴史を楽しむという点が強調されています。他の本では、歴史を振り返ることの意味として下記のように述べられています。

歴史を振り返る意味は、どこにあるのでしょうか。まったく役に立たないというのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。もし過去に同じような事態が生じていれば、当時の人たちがどのような対処法で乗り越えていったのかを分析すれば、そこには必ず解決の糸口が潜んでいるに違いありません。歴史は、いつも時空を超えた共通の何かを私たちに提供してくれます(会計学の誕生(渡邉 泉著)。

中世のイタリアの商人は、商売上の約束事は公証人を通じて文書に記録していました。しかし、日々の取引が増えてくるとその都度、公証人を通じて文書に記録する方法では、あまりにも多くの手間とコストがかかってしまいます。そのため、記録を公証人に頼らずに商人自らの手で記録するようになったのです。この記録が複式簿記による記録に繋がっていきます。その記録の正当性を認めるために当時の商人は工夫したようです。

当時の商人は、知恵を絞りました。その結果思い付いたのがキリストの力を借りることでした。帳簿の初めに十字架を記入し、その後に神への誓い、「神の名において、アーメン」と書き込むことによって、帳簿記録が神に誓って嘘ではないと強調したのです(会計学の誕生(渡邉 泉著)。

財務会計は、損益計算書や貸借対照表を通じて、企業外部の人に対し企業の会計情報を提供することを目的としています。その財務会計の役割としては、株主や債権者など(利害関係者)の利害を調整する利害調整機能と利害関係者への情報を提供する情報提供機能の2つがあります。

利害を調整するうえで、資金の裏付けのない利益は嫌われます。架空利益からは配当金も税金も払えません。よって利害調整を大切にするルールでは「原価」による資産評価が好まれ、分配できない評価益を計上する時価主義は嫌われます(会計の世界史P.253)。

しかし、近年では財務会計の役割として利害調整機能よりも情報提供機能の方が比重が高くなってきています。

それに対し、ジョー・ケネディ以降の投資家保護が強くなってきてから登場した新タイプのルールでは、投資家への「情報提供」が何より優先されます。この場合、資産の現状をよりよく表現する「時価」で評価するのが望ましいのです(会計の世界史P.253)。

当初、神への誓いが書き込まれた帳簿は、時の経過により消滅しました。それは、広く簿記の技術が知れ渡ることにより、帳簿に神への誓いを書き込まなくても信頼が十分に確保できたからに他ありません。財務諸表は、日々の取引を信頼性が確保された簿記の技術を通じて作成されます。財務会計の役割が時の経過により変化したとしても、信頼性が確保された帳簿の役割そのものは不変であるはずです。それにもかかわらず粉飾会計に関する報道はいまだ途絶えることはありません。人間に欲望があり限り、不正はなくなることはないのでしょう。最後に「会計の世界史」のあとがきで著者である田中靖浩氏は次のように述べておられます。

私たちは歴史を学ぶことによって、あらゆるものごとが「普遍的・絶対的存在ではない」ことを知ることができます。だからこそ守るべきところは守りつつ、変えるべきところについては、「変える勇気」をもたねばなりません(会計の世界史P.414)。

いまだに残り続けている「企業会計原則」や「原価計算基準」いつの日か変わるときが来るのでしょうか?

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